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ラジオ局情報

ラジオの歴史(~1959年)



日本初のラジオ放送が行なわれたのは1925年のことです。以来、戦前・戦後を通じてラジオは長い間、家庭全員で楽しむ「庶民の娯楽の王様」としての地位を守り続けます。

ラジオ人気の勃興と凋落

ラジオ人気の勃興と凋落

1925年3月22日、社団法人東京放送協会によって日本初のラジオ放送が行なわれました。翌年には、東京、名古屋大阪の3放送局が統合され「社団法人日本放送協会」が誕生します。同時期に、これまでの鉱石式ラジオに代わって、スピーカーを使って大きな音で放送を楽しめる真空管式のラジオが普及しはじめると、居間に置かれたラジオを一家全員で囲み、放送を楽しむという聴取スタイルが定着しました。放送局も、音楽や演芸、スポーツ中継など様々な番組を放送し、ラジオは庶民の娯楽の中心として親しまれるようになります。

言論統制とプロパガンダ

言論統制とプロパガンダ

1941年に第二次世界大戦が勃発すると、放送局は国の管理下に置かれ、ラジオは政府の発表する情報を国民に伝えるプロパガンダ機関として利用されるようになります。1945年の終戦の日には、昭和天皇による終戦宣言(玉音放送)がラジオを通じて全国民に伝えられます。日本放送協会は連合国軍最高司令総司令部(GHQ)の監視下に入ります。この時期に設置された、アメリカとイギリスを中心とした進駐軍向けの英語放送局は、のちのFENやAENの前身となりました。

「電波三法」の制定と民間ラジオ局の誕生

「電波三法」の制定と民間ラジオ局の誕生

1950年に「電波法」「放送法」「電波監理委員会設置法」の電波三法が施行されると、翌1951年9月1日には、中部日本放送(現・CBCラジオ)が、日本で初めて民間のラジオ局として放送をスタートさせました。同日の午後からは新日本放送(現・毎日放送)、その年のクリスマスにはラジオ東京(現・TBSラジオ)が放送を開始するなど、民間のラジオ局が次々と開局します。

1953年には、北は北海道から南は九州まで、全国に32社のラジオ局が誕生しました。敗戦を経て一度は落ち込んでいた国産メーカーによるラジオ生産も再び盛んになり、1952年の時点で、NHKの受信契約数も1,000万件を超えました。

テレビの普及とラジオ放送の変化

テレビの普及とラジオ放送の変化

1953年にはNHKテレビが放送を開始しました。しかし、まだまだテレビは庶民が手に入れられる価格ではなかったため、ラジオは娯楽の王様として親しまれ続けました。しかし1959年の皇太子(今上天皇)夫妻のご成婚をきっかけに、テレビは爆発的に普及しました。これによりラジオは次第に斜陽の時代を迎えます。