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オールナイトニッポンの歴史
(中期~現在)



個性的なタレントパーソナリティーの起用で、深夜放送の王様としての地位を固めたオールナイトニッポンでしたが、一方で若者たちは徐々にラジオを聴かなくなってしまいます。ラジオ離れに対抗するため、「大人向けラジオの制作」や「IT技術の活用」など、様々な手段が模索されています。

多彩なパーソナリティーで第2黄金時代を築く

多彩なパーソナリティーで第2黄金時代を築く

1988年には、ニューミュージックの旗手であった松任谷由実さんが土曜日のパーソナリティーに起用され、以降1999年まで続く人気番組となります。1980年代末から1990年代にかけてバンドブームが起こると、サンプラザ中野さん、大槻ケンヂさん、渡瀬マキさん、YUKIさん、吉井和哉さんなど、ロックバンド出身のパーソナリティーが多く起用されるようになります。一方で、とんねるずやウッチャンナンチャン、ビートたけしさんなど、お笑い系のパーソナリティーも活躍します。1988年には落語界から伊集院光さんが登場し、絶大な人気を得ました。1994年には、現在もパーソナリティーを続けているナインティナインが登場します。この他、小泉今日子さんや穴井夕子さんなどのアイドル系や、鴻上尚史さん、さくらももこさん、辻仁成さんなどの文化人系など、多彩な人材が番組を支えました。

進む「ラジオ離れ」とインターネットの活用

進む「ラジオ離れ」とインターネットの活用

1990年代の中頃に入ると、テレビの深夜番組やゲーム機、パソコンなどの普及によって、若者のラジオ離れが進みます。平成に入ってからのFM局の急増も、ただでさえ減少傾向にあるリスナーの奪い合いを招いてしまいます。そんな中、オールナイトニッポンは当時普及しつつあったパソコンやメールなどのITツールの活用に活路を見出します。1999年の改編では「Love & Friends + Radio(LF+R)」というブランドを立ち上げ、放送開始時間を22時に前倒しします。番組を従来の2部制から3部制に変更すると、25時から27時の枠を「@llnightnippon.com」と名付け、メールや携帯電話の活用や、インターネットを通じた番組配信など、先進的な施策を次々と打ち出しました。しかし、常時接続のインターネットがまだあまり普及していなかったことや、全体的に放送時間を早めたために番組作りが制限されてしまったことなど、様々な問題が発生し、2003年の番組改編で「LF+R」ブランドは終了となりました。

「大人向け番組」の制作と、ラジオの新しい可能性

「若者のラジオ離れ」が進む中、2003年には、1960~1970年代にラジオに触れて育ってきた団塊の世代をターゲットにした『オールナイトニッポン エバーグリーン』を開始します。パーソナリティーには、初代DJ陣の一人である斎藤安弘さんが起用されました。2009年には、『オールナイトニッポン エバーグリーン』に代わって、70年代にパーソナリティーを務めたくり万太郎さんを起用した『くり万太郎のオールナイトニッポンR』がスタートするなど、中高年向けの放送に力を入れます。一方で2012年には、若手のパーソナリティーを発掘・育成するための枠として、平日の27時から『オールナイトニッポン0』をスタート。パーソナリティーには、久保ミツロウさん、SPYAIR、Hi-Hiなどの新しい人材が起用されました。この放送は、NTTドコモのスマートフォン向け映像配信サービス「NOT TV」でのサイマル放送も実施しました。スタジオ内の風景を映像でも配信するなど、新しい試みも積極的に続けています。